桜橘庵について

弘道館および桜橘庵について

歴史の色濃い正門をくぐった瞬間、風に揺れる楓に覆われた長い石畳が、訪れた人々を静寂と優美の世界へといざないます。
幕末の儒学者・皆川淇園の弘道館跡。1835年築の京屋敷が500坪の美しい日本庭園に佇みます。「桜橘庵」はここ、弘道館で伝統文化のプライベートサロンを2006年より提供しています。

京都御所から徒歩3分の好立地に静かにたたずみ、2つのお茶室・香道に最適な広間・美しい庭園など、日本文化の粋を堪能するにふさわしいしつらえで大切なお客様をお迎え致します。

「桜橘庵」は伝統文化を媒介とした国際交流を目的に、日本の美しい伝統文化を守り育て、海外からのお客様をおもてなししています。ゆったりと流れる時の中にさまざまな文化プログラムや味覚の楽しみをご用意しています。 バイリンガルのスタッフがお迎えいたしますので、海外からのお客様には、常時英語でおもてなし致します。

弘道館の歴史

桜橘庵のたたずむこの場所は、平安時代には御所の一部でした。当時の御所は天皇の御座である中央の紫寝殿をはさんで東に東土御門、西に西土御門があり、それぞれに公家が住んでいました。紫寝殿は火災によってたびたび焼失したため、その度に天皇は公家の屋敷に避難し、それは里内裏と呼ばれていました。東土御門は里内裏として天皇が移ったとき、そのままそこが紫寝殿となり、以後御所は全体に東に移動しました。西土御門は御所から外れましたが、いまでもその名残として、桜橘庵の住所は元土御門町となっています。

幕末になると、儒学者・皆川淇園がこの土地に日本で最初の大学と言われる、弘道館を建てました。当時3000人の弟子を抱え、学問のメッカとして活気にあふれていたことが想像できます。門下にはのちに松下村塾を開いた吉田松陰もおり、その弟子・桂小五郎と続き、桜橘庵はまさに明治維新の夜明け前のゆりかごであったことが見て取れます。

皆川淇園の没後、1835年に現在の建物が建て始められました。その後代々の当主により増改築が繰り返され、ほぼ現在の姿になったのは昭和16年のことです。

伝統文化サロン
午前10時~午後5時(休日:不定休)
〒 602-8006 京都府京都市上京区上長者町
通新町東入ル元土御門町524-1 弘道館内
Tel:075-411-8585 Email:info@okitsu-kyoto.com